赤ちゃんを授かるための努力を幸せなものにしたい(後編)|住吉 忍さん

2019.5.9

住吉忍

薬剤師として妊娠を望む多くの女性の相談を受け、自身も西洋医学と漢方を併用した不妊治療経験者でもある住吉忍さん。「赤ちゃんがほしい」という夢に近づくために、西洋医学と漢方それぞれの良いところを活用するコツを伺いました。

西洋医学と漢方は違う。それぞれの良いところを取り入れて

―住吉さんの治療経験からも、中国の漢方である中医学、日本の漢方である和漢、西洋医学と、さまざまな方法があることがわかります。それぞれの違いは、どのようなところにありますか。

住吉:私は患者さんに説明するとき、大きく分けて西洋医学と漢方の違いを、美味しいオレンジジュースを作ることに例えています。西洋医学では、オレンジはもうできていて、それをどういう作り方でジュースを作るか。つまり、既にあるものを生かす考え方だと思います。一方で漢方は、ある程度土を耕し水をやり、オレンジの木をいかに元気にするかという部分に注力する。だから、美味しいジュースを作ろうと思ったら、両方の方法があっていいと考えています。例えば卵管が詰まっている患者さんであれば、体の状態をいくら良くしても、妊娠にはつながりにくいですから、西洋の治療が必要になります。西洋医学の治療をしても効果が出ないというときには、漢方のニーズがあると感じます。もともと妊娠する力があったとしても、女性にはどうしても出産可能な年齢的なリミットがありますから、治療のスピードを上げたいところです。体の状態を漢方で整えてから、効率良く体外受精に臨むという方も多いです。

中医学と和漢については、これら2つは全然違う学問領域なんです。簡潔に言うと、中医学は動物性の生薬を多く使っているのと、女性の体の周期に合わせた周期療法という概念を持つ学問です。漢方では「肝」「腎」「脾」という部分が妊活に重要とされています。肝はホルモン、自律神経、筋肉などの調整、血の貯蔵などを、腎は生殖能力、免疫などを、脾は胃腸の働き全般を司ります。また、「陽」と「陰」という概念があります。分かりやすい表現を使うと陽は体の熱を生むエネルギー、陰は体の中の潤いなのですが、腎陽が体を温め、腎陰が体を潤わせ生殖能力に大きく関わると言われています。中医学の生薬には、これらに対して強く働きかけるとされるものがあります。ただ、その人の体質に合わない処方だったり、私のように胃腸が弱かったりすると、腎陰、腎陽を補う処方と一緒に、脾の状態を改善する補脾の処方を使う必要がある場合もあります。一方、和漢は腎に対する処方が比較的少ないですが、保険適用になっている処方が数多くあるので、積極的に利用していただきたいと思います。中医学と和漢それぞれの良さがあると思います。

―漢方は、不妊だけに焦点を当てていて、かつ誰にでも効果があるというものではないのですね。

住吉:そこは強く言いたいのですが、「すべての方の不妊に効く」と謳ったものは、効き目がマイルドになっていると思います。効き目を強くしようと思ったら、合わない方には強い副作用につながりますから。例えば女性は貧血になりやすいから、血液不足による冷えなどを改善する当帰(植物の根の一種)が入った処方が良いといわれますが、胃腸の弱い方には負担になることもあります。だから、その方の体の状態に合った処方が必須だと思います。

―漢方と西洋医学のそれぞれの良いところを治療に生かすには、どのようなところに気をつけたらいいですか。

住吉:不妊かもしれないと思ったら、まず漢方薬局でなく西洋医学の病院やクリニックを受診する方が多いと思います。漢方を考える方は、西洋医学で望むような効果が出なかったり、治療に少し抵抗があったりする方ではないでしょうか。後者の場合はいいのですが、前者の場合は西洋医学の治療と漢方を併用することが多いでしょう。そこを勘案した処方や治療ができていることが重要だと思います。西洋医学の医師と漢方の治療家の方針がずれてしまうと、結果を出すことが難しくなる可能性も出てくるのではないでしょうか。漢方の治療家が、病院の治療方針や検査結果といった情報を把握できていると良いと思います。

ですから、まずは薬局で自分が気になっている点や検査結果などを伝えて、話をしっかり聞いてくれたり、きちんと答えてくれたりする治療家に出会うこと。それが、良い治療につながっていくのではないでしょうか。

―インターネットで情報収集する方も多いと思いますが、漢方を含めて玉石混淆の情報があります。どうやったら科学的な根拠のあるものを入手できるでしょうか。

住吉:漢方に限らず、まずは病院やクリニック、大学といった公的な機関の情報を見ることが大切ではないでしょうか。最近は検索サイトを使うと、公的な医療機関などの情報が上位に表示されますから選びやすいですが、SNSには少し注意が必要です。患者さんも必死なので、センセーショナルな言葉を使った投稿などには、つい飛びついてしまいがちです。ですから、医療機関など異なる視点を通した情報も確認し、焦らずに落ち着いて考えることが大事です。医療機関のサイトは言葉が難しくてひるんでしまいがちですが、そこは頑張って意味を調べながら読んでいただきたいです(笑)。

ただ、医療機関ごとに方針が違いますから、専門家の情報でも見解が異なることがあって、患者さんは混乱することがあります。やはりご自身で治療では何を重視するかを考えなくてはいけません。そしてこの治療をすると決めたら、方針の合う先生を選ぶことは重要です。

漢方について言えば、西洋医学に比べてエビデンス(科学的な根拠)が確立しているものがまだまだ少ないです。現在はエビデンスを蓄積しようという流れがあって、この処方で患者さんがどうなったか、というデータは取っていますが、やはり「気」といった目に見えないものを扱ったり、患者さんごとに処方をしたりするものなので、なかなか難しいです。西洋医学では、頭痛がするといったら、頭痛薬を処方しますが、漢方では頭痛の原因を探り、それに合わせた処方をするので、人によって処方内容が違うんです。それから、例えば「柴胡加竜骨牡蛎湯(さいこかりゅうこつぼれいとう)」という処方があるのですが、低血圧の人にも高血圧の人にも使います。低血圧なら血圧を上げ、高血圧なら下げる作用を期待します。だからこの薬は何の薬、というように定義することも難しいんです。とはいえ、誰にでも安心して一定以上の効果が出るような治療をしなくてはいけませんから、そういう意味でもエビデンスを蓄積していくことは必要だと思います。

子供を持つ夢のための努力が幸せな経験になるように

―住吉さんは、不妊治療にあたってカウンセリングもされていますね。患者としは、カウンセリングを受ける際、どのようなことを意識すると、悩みを解決しやすくなりますか。

住吉:ありのままでいいと思います。具体的な希望が決まっている方は、そのまま伝えていただければいいですし、逆に決めれないこともたくさんあると思います。私は、どうしたらいいか分からない、自分の本当の気持ちが分からない、情報がないといった場合は、そのままの状態で来ていただいて、一緒に考えていくという方法を取っています。妊娠のためにはタイミングを取らなくてはいけないけれど、パートナーと性的な行為をするのが本当に嫌という方もいます。それは赤ちゃんが欲しいという思いと矛盾するけれど、だからこそ悩みを抱えている。何か決めてから、と思うと構えてしまいますし、真面目な方ほど正解を求めて追い込まれてしまうことがあります。でも、正解はないんですよね。いろいろな方法があり、そこから選択すればいいと思いますし、ご自身が決められた選択を、私は応援したいです。それでも決められないという方には、こちらの意見をお伝えすることもあります。ですから、私自身は引き出しをたくさん持つように心掛けています。特に、情報を知らないと「あのときああしておけば良かった」という後悔につながりやすいと感じますから。

病院の先生も、引き出しをたくさん持っています。ただ、先生も人間です。全て信じなくても構いませんが、あまり疑心暗鬼にならずに、自分の希望をなるべく伝えた上で意見をもらう。それが自分の考えと違っても、ある情報は全部もらっておこう、ぐらいの気持ちでいると、結果としてたくさん話を聞き出せると思います。それと、病院の先生には自分の希望を伝えておくと、先生も情報を提供しやすいということもあります。

―住吉さんがカウンセリングをする中で、特に印象に残っているエピソードを教えてください。

住吉:ある月は270人ぐらいの方にお会いしたのですが、皆さん全員、ドラマを持っていらっしゃるので、皆さんのことが思い浮かびます。ありがたいことに、赤ちゃんを授かった方からお礼の言葉をいただけることも多いです。でも、特に思い出すのは、授からなかった方。これは受け売りですが、不妊というと赤ちゃんがいなくて辛いけれど、赤ちゃんが欲しいというと、夢になります。夢のために頑張って、でも授からなかったという方が、「最後にここで頑張れて良かった。悔いなく過ごせたことが幸せでした」と言ってくださいました。「もちろん妊娠という夢のサポートをしたいと思っていますし、漢方の影響で体調は良くなると信じているので、チャレンジの期間をかえって引き延ばしてしまったかもしれないのですが、妊娠だけがすべてではありません。そういったことを、患者さんから学ぶこともすごく多いです。

―たくさんの患者さんと接している住吉さんから、不妊治療をされている方へ、メッセージをお願いします。

住吉:漢方薬剤師としては、ご自身を大事にしてほしいです。治療を頑張りたくて頑張ること自体はいいことだと思いますが、それが自分を追い込むことになってしまうと苦しくなってしまいます。ですから、なるべくパートナーやカウンセリングの専門家など、心のよりどころを作っておくといいと思います。自分の気持ちをケアしてあげるということは、非常に重要です。そうして、自分がどうしたいか見つけられるといいですね。

それからこれは私個人の思いですが、不妊は経験しないで済むならその方が良いと思うんです。でも、そういった方から「人の痛みが分かるようになった」という声もたくさんいただきます。そうは考えられないときもあると思いますが、必ずしも治療の経験はマイナスばかりではないと思います。そして子供が授かれたら、夫婦でそれだけ頑張ったのだから、その子は本当に望まれて生まれたと思いますし、子供にとって両親のそんな経験が大きなギフトになります。だから赤ちゃんが授かれたら、いつかぜひ、子供にその思いを伝えてあげて欲しいです。


インタビュー前編


<住吉 忍さん>

薬剤師。国際中医師。2016年、横浜で女性のヘルスケア、特に妊娠を希望する女性の漢方カウンセリングなどを得意とする薬店「ウィメンズ漢方」を設立、代表取締役社長に。神奈川県や都内の不妊治療クリニックで、漢方外来も担当し、「妊娠しやすい身体づくり」をサポートしている。

※国際中医師:中国政府の外郭団体が、中国の伝統的な治療法の専門家と認める資格